「永遠のいのち」って?
教会やクリスチャンの会話でたまに(頻繁に?)「永遠のいのち」が出て来ます。確かに聖書に出てくる表現です。しかも、有名な聖書箇所、ヨハネ3章16節にも出て来ます。
「神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに世を愛された。それは御子を信じる者が、一人として滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。」
でも、「永遠のいのち」とは?身体が死なないという訳ではありません。(ヘブル9章27節によると、誰でも一度死ぬとあります。)もう一方で、身体が死んで天国に行くことだけでもありません。永遠のいのちは今から、すでに受けることのできる幸いです。
「永遠のいのち」の定義
感謝な事に、イエス・キリストは「永遠のいのち」を定義してくださいました。
ヨハネ17章3節「永遠のいのちとは、唯一のまことの神であるあなたと、あなたが遣わされたイエス・キリストを知ることです。」
父なる神様を知ること、そしてイエス・キリスト様を知ることは親密に知る事を意味します。人間が神様と愛の関係(絆、契約)を持ち、神様を個人的に知ることができることは、親しさを意味します。
最高の相手との関係だから
この世の他の関係(家庭、夫婦、親友、同僚など)がどんなに良くても、神様との生きた関係に優る関係はありません。
何にも優れた存在は、神様です。人を魅了して、圧倒して、感心させられる最高の方です。それ以外の何か(経験や人)に満足を求め、心の拠り所とすると、必ず失望します。「唯一のまことの神…イエス・キリスト」にこそ、満足と平安と喜びがありますから、この神様を求めることこそが幸福を与えます。
あなたを造られ、知り尽くされ、なおも愛してくださる方があなたを本当に幸せにする道を用意されました。最高の相手との関係だから、神様との関係は永遠のいのち、最高のいのちと言えます。
詩篇16篇11節 あなたは私に いのちの道を知らせてくださいます。 満ち足りた喜びが あなたの御前にあり 楽しみが あなたの右にとこしえにあります。(詩篇73篇27~28節参照)
イエス・キリストにある永遠のいのち
ローマ人への手紙6章23節 罪の報酬は死です。しかし神の賜物は、私たちの主キリスト・イエスにある永遠のいのちです。
人の反抗的な生き方(罪)から永遠の死を受けて当然なのに、イエスに信頼を置いて永遠のいのちを受けることができます。
「人のおもな目的は、…永遠に神を喜ぶことである。」
ウェストミンスター小教理問答問1※⑴
引用文献
※⑴ 日本基督改革派教会信仰規準翻訳委員会改訳(つのぶえ社、1990年版)http://www.rcj-net.org/resources/WCF/text/wsc.htm