「神様」は遠いの?近いの?
神とか「神聖なこと」は疎遠な、あるいは敬遠したい遠い存在と感じるかもしれない。特に一神教のキリスト教などは、日本の至る所の社・地蔵・占い師より「敷居が高い」、「近づきにくい」存在に感じられるかもしれない。 それにある […]...
聖書をどこから読めばよいのか!?
聖書は分厚いですね!内容も濃そう…💦、と思いますか?確かに初めて開くと読破する気になりませんね。 そこで、よく聞かれるのは、どこから始めれば良いか、です。多くの場合、新約聖書の最初の「マタイの福音書」から始めてみると、イ […]...
ウェストミンスター小教理問答 日本語、そして他の言語で! Westminster Shorter Catechism Translation Links
ようこそ! 聖書を純粋に読んで理解したい、と思っても、私たちは偏見をもっていますね…。 思い込みや「世間」の「常識」でなく、本当に聖書どおりに読むために、助けが必要です。聖書的信仰のまとめはそこで大活躍! このブログで […]...
「…私たちの父よ」主の祈り(3)
共同体として、教会は祈る クリスチャンは個人として、一人一人自分で信じるように求められるし、個人として祈るようにも教えられますが、それだけではありません。 マタイ6章9節 「ですから、あなたがたはこう祈りなさい。『天に […]...
愛をもって、真理を!(神学が分裂の種か①) エペソ4章13〜16節
神学を話し合うのがタブーという、暗黙の了解はあるように感じます。それが分裂の種であり、協力を阻むものと考えられているでしょうか。(「輪」と「和」の優先も絡んでくるのでしょうか。) ところが、「神学」と呼ばれていくても、実 […]...
「天にいます…父よ」 主の祈り(2)
マタイの福音書6章9節より 神様が人間に祈りという特権を下さり、関係を持てるようにしてくださったことを前回確認しました。それは主の祈りの初めから分かることもできます。 マタイ6章9節 「ですから、あなたがたはこう祈りな […]...
祈るように招かれている 主の祈り(1)
遠い、しかし、近くまで来てくださった神様 聖書の神様は、人が祈るように招いてくださる方です。言い換えると、クリスチャンは他の宗教では味わえない関係を楽しむことができます。 一方である宗教の神は超越し過ぎたり、人格がな […]...