御国の完成が来ますように(主の祈り11)

マタイ6章10節 (「御国が来ますように」⑤)

 切に願っていた出来事が始まるとワクワクしますね。例えば、結婚日の朝、いよいよ結婚だ!と思うかもしれません。けれども…式と披露宴の後まで、夫婦生活は始まりません。あるいは、新しい家に入るとき、いよいよ引っ越しだ!と喜ぶかもしれません。けれども、引っ越しと荷解きが終わるまで落ち着けません。このような出来事はすでに始まっていても、完了を待たないといけません。

 ウェストミンスター小教理問答第102問の答えは「御国が来ますように」は最後の意味として、「また栄光の王国を早く来たらせてくださるように、ということです」と閉じます。私たちは今、「恵みの王国」の教会の中にいられますが、神の王国の完成した状態の「栄光の王国」は、待ち侘びる将来にあります。

まだ完成されていない…

 神の王国は、イエス・キリストが来てくださった初回(受肉、御生涯、受難、復活、昇天)において宣言され、始まりました(マルコ1:15)。ペンテコステで神の国の現れとして、教会は生まれました。

 ただ、御国が始まったとは言え、イエス様の王国はすでに在りながらも未だに完成されていない状態です。地上に完全な社会も生活もありません。教会外で戦争は続き、家族は分裂し、ほとんどの人はキリストを信じていません。教会内でも争いは残り、祈りと伝道と礼拝に生ぬるいこともあります。だからこそ「来ますように」となおも祈ります。

霊魂で楽しむ「天国」より素晴らしい「御国」

 時には私たちクリスチャンは、死んだら天国に行ってイエス様と一緒になることを究極の楽しみとします。確かに、天に召されたクリスチャンは「完全な者とされた義人たちの霊」として喜んで神を礼拝できます(ヘブル12:22)。イエス様とともにいることなので、確かに素晴らしいです(ピリピ1:21-23)!

 しかし、聖書は天国が終わりで最高とは言いません。結婚式の朝は来たかもしれませんが、婚礼も結婚生活をもう少し待たないといけません。私たちは神の家族が完成されて、イエス様の再臨に私たちが復活するというさらに素晴らしい希望を受けています。

 要するに、「天国」に行くだけでなく、新しい身体を受けて新たにされることも福音の約束です。第一コリント15:50では「血肉のからだは神の国を相続できません。朽ちるものは、朽ちないものを相続できません」と言われています。しかし53節でクリスチャンはやがて「朽ちないもの」を着ると述べます。つまり、私たちは完成状態の身体と霊魂の統一された人間として完成状態の神の御国を相続できます!

婚礼を待ち侘びて、祈る

 そのような神の国を待ち侘びます。天国が新しく、きよくされた地に降りてくる(黙示録21:1-2)を待ち侘びます。それこそ、神の栄光の王国の完成です。教会はキリスト(子羊)の花嫁として、神の国の完成を待ち侘びましょう。

 黙示録19章7節で使徒ヨハネは幻で聴きました。「私たちは喜び楽しみ、神をほめたたえよう。 子羊の婚礼の時が来て、 花嫁は用意ができたのだから。」そして黙示録の終わりに、イエス様の約束と使徒ヨハネの返事の祈りがあります。

黙示録22章20節 これらのことを証しする方〈イエス様〉が言われる。「しかり、わたしはすぐに来る。」アーメン。主イエスよ、来てください。

 主イエスよ、御国の完成をもたらして、永遠の喜びの結婚生活を教会に与えてください。マラナタ(早く来てください)!アーメン。

 

引用について

・聖書 新改訳2017©2017新日本聖書刊行会。

ウェストミンスター小教理問答は日本基督改革派教会大会出版委員会編(榊原康夫訳、新教出版社1994年・2000年)より。