AIよりBI
そこまで、AIが支えになるのか?
ここで、AI(人工知能)を全体的に批評するつもりはないが、人間、仕事などの根本的な考察(神学)が必要な分野である。でも今回、それが具体的にどう見られて使われているかについて読んで、考えたことを少し述べたい。
AIの大流行で、人にとって生成人工知能はただの情報源ではない。知恵の源、また心に寄り添う相手とも見ているよう。
統計には多くの偏りがあり得るとは百も承知している。でも、本当の人が考えていることを知る機会でもあると思って、リクルートのマイナビティーンズラボ「Z世代のAI活用状況調査(社会人・大学生)」の結果にハッとさせられた。
日経新聞 2026年2月13日の記事「マイナビ、「マイナビティーンズラボ」が「Z世代のAI活用状況調査(社会人・大学生)」の結果を発表」
かと言って、全て鵜呑みする訳ではない、とほとんどは主張している。ただ、気づかないうちに、どんどん信頼を寄せているようには見える。と言うのも、「恋愛」について45%、「人間関係」について25%の回答者がAIに相談したことがあるそう。(マイナビティーンズラボ資料より)
でも、本当に大丈夫だろうか。むしろ、「知恵」が必要ではないだろうか。
クリスチャンとして言わせていただくと、人によって訓練されてきたAIという機械は創造主なる神のことを除外して設定された環境を作り上げている。クリスチャンが作った情報(コンテンツ)を用いようと思っても、色々な情報を基に答えがでてくるはず。
恋愛や人間関係で悩むのは当然のことである。ただ、本当の人には、本当の人との関係、そして何よりも本当の答えを下さる、本当の神様との出会いと深まる関係が不可欠である。
そこでAIではなくBIを提案したい。
“BI”のすすめ
“BI” (Biblical Intelligence 聖書知能)と(勝手に呼ぶ)知能は、キリスト者に備えられた助けです。真理なる神様が本当に良い知恵を聖書で教えてくださった。それを受けることができる。言い換えると、聖書的な「知恵」です。
単純な知識や情報の新しい組み合わせではない。聖書の変わらない真実から生きる意味と苦しむ中の慰めを持つ。それから、その枠組みの中で考えて、現代の状況と照らし合わせて自由に決めて、最善の結果を求める。これは聖書が与える知恵であると思う。もっと詳しく細かく話せたらよいテーマであるが、とにかくここで私たちがよく考えることを提案したい。AIに任せない。聖書の決まりをも無頓着にコピペしない。真摯に聖書の教えを受けて、真剣に考えて祈って、適用する。
エペソ人への手紙5章15〜17節 ですから、自分がどのように歩んでいるか、あなたがたは細かく注意を払いなさい。知恵のない者としてではなく、知恵のある者として、機会を十分に活かしなさい。悪い時代だからです。ですから、愚かにならないで、主のみこころが何であるかを悟りなさい。
教会の中で教会の一員として、BIを
そしてBIは一人で黙々と求めるだけではなく、主なる神様が創られた民との対話において、成長できる。
テモテへの手紙第一3章15節 …神の家とは、真理の柱と土台である、生ける神の教会のことです。
信仰告白、信仰基準も私たちの知恵を培うのに大変大きく役立つ。何百年もの間、キリスト者が考えてきた事がそこに凝縮されて、私たちの聖書研究を導く。それが全てではなくても、大変重要である。
